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福岡地方裁判所 昭和52年(行ウ)27号 判決

北九州市若松区浜町三丁目一二番二四号

原告

玉神汽船株式会社

右代表者代表取締役

清水剛

右訴訟代理人弁護士

元村和安

北九州市若松区白山一丁目二番三号

被告

若松税務署長

徳永秀哉

右指定代理人

中野昌治

西沢博明

江崎博幸

米倉実

大神哲成

中島享

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五一年六月三〇日付でなした原告の昭和四九年四月一日から昭和五〇年三月三一日までの事業年度分の法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四九年四月一日から昭和五〇年三月三一日までの事業年度分の法人税につき所得金額四七二万七、七六一円、納付税額八八万六、七〇〇円として確定申告したところ、被告は昭和五一年六月三〇日付で所得金額九七六万五、一六〇円、納付税額二七四万九、二〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税額九万三、一〇〇円の賦課決定をなした。

2  右更正処分及び過少申告加算税賦課処分の理由とするところは、原告がその資産である船舶(台船)東伸丸の耐用年数を七年として減価償却費を算定したのに対し、右の耐用年数は一二年とすべきものというにある。

3  しかしながら、右船舶(以下本件台船という。)は、法人税法三一条に基づく、減価償却資産の耐用年数等に関する省令別表第一の種類・船舶、構造又は用途・その他のもの鋼船、細目・しゆんせつ船及び砂利採取船に該当し、その法定耐用年数は一二年である。

仮に、本件台船の法定耐用年数が一二年であるとしても、被告は従前原告を含む海運業者に対し、本件台船と同様の構造及び用途を有する台船の耐用年数は七年である旨の行政指導をして来たもので、原告はそれを信じ、耐用年数七年であれば採算がとれると考えて本件台船を建造したものであるから、これを一二年として課税することは原告の信頼を裏切ることになり、信義誠実の原則に照らし、違法というべきである。

4  原告は本件更正処分類を不服として昭和五一年八月二六日国税不服審判所長に対し審査請求したが、同審判所長は昭和五二年三月三一日棄却の裁決をなした。

よつて、本件更正処分等の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1、2、4各項記載の事実は認め、同3項は争う。

2  原告は、本件確定申告において、本件台船の耐用年数を七年としてその減価償却額を一、四〇九万六、一九二円と計上したが、本件台船の法定耐用年数は次に述べるとおり一二年であり、当期分の償却限度額は九〇五万八、七九三円であつて、差引償却超過額は五〇三万七、三九九円となる。そこで、被告は、右償却超過額を否認して本件更正処分をなすとともに、国税通則法六五条一項に則り過少申告加算税を賦課決定したものである。

3  本件台船の耐用年数について

原告は、本件台船は法人税法三一条に基づく減価償却資産の耐用年数等に関する省令別表第一(以下単に別表第一という)の種類・船舶、構造又は用途・その他のもの鋼船、細目・しゆんせつ船及び砂利採取船にあたる旨主張する。

しかしながら、別表の構成は、種類、構造又は用途、細目という分類をとつており、大綱目として建物・構築物・船舶といつた社会通念による大分類をした後、中綱目は、鋼船・木船・その他のものという構造ないし材質による分類をした後、鋼船についての細目は、しゆんせつ船及び砂利採取船・発電船及びとう載漁船・ひき船・その他のものというように、搭載している機械によつて用途を区別しているのであるから、問題は当該船舶がしゆんせつ具・砂利採取具ないし発電機といつたものを搭載しているかどうかによつて区別すべきものといわなければならない。

即ち、別表第一の船舶の構造又は用途・その他のものの分類は、もともと、その搭載している機械類が船舶全体の価額のうえで相当の割合を占め、従つて、その搭載機械類の耐用年数によつて当該船舶の耐用年数も規定せざるをえないところよりこのような分類となつたのである。

このことは、右省令別表第二の機械及び装置の耐用年数表中の砂利採取又は岩石の採取若しくは砕石設備(番号三二六)や、船舶救難又はサルベージ設備(番号三四二)がいずれも耐用年数八年となつており、しゆんせつ船及び砂利採取船の七年とほぼ対応していることからも裏付けられる。

ところで、本件台船自体には、しゆんせつ具や砂利採取具は何ら搭載されていないのであるから、本件台船がしゆんせつ船及び砂利採取船に該当しないことは明白である。

そして、本件台船が鋼船であることは明白であり、発電機の備え付けのないこと、搭載漁船やひき船に必要な装備を有していないことも明らかであるから「その他のもの」にしか該当のしようがないのである。

本件台船がしゆんせつ船と結合して使用されているとしても、前述したように、問題は、当該船舶自体がどのような機械・装置を有しているかであつて、ある種の機械・装置を有した船舶と結合して使用されているかどうかではない。(仮に、ある種の機械・装置を有する船舶と結合して使用している台船の耐用年数はその機械・装置類を有する船舶の耐用年数によるということになると、その結合を途中で変えた場合には、台船の耐用年数も途中で変化するという極めて奇異な結果とならざるをえない。)

よつて原告の右主張が失当であることは明白である。

4  信義則の適用について

原告は、仮に本件台船の耐用年数が一二年であつたとしても、従前被告が海運業者に対し「台船」の耐用年数は七年であるとの行政指導をしてきたのであるから、信義則上、本件台船の耐用年数を七年とすることを否定するような処分はなしえない旨主張する。

しかしながら、租税法の領域において信義則なるものの適用があるかは大いに争いのあるところであるが、これを肯定する学説判例も、合法性の原則を犠牲にしてもなお信頼を保護することが必要であると認められる例外的な場合であることを必要とし、その要件の第一として、「租税行政庁が納税者に対して信頼の対象となる公の見解を表示したこと」を挙げているところ、本件においては、右の「公の見解」を基礎づける一定の責任ある立場の者の正式の見解の表示(例えば照会に対する回答、通知等)があつたことの具体的な事実の主張は何らなされていない。なお、この関係で注意を要するのは、学説・判例とも、調査担当職員の申告指導や、申告是認通知は、税務署長によつてなされる正式の通知ではあるが、原則として信頼の対象となる公の見解の表示には当たらないと解していることである。まして、自ら直接の教示を受けたものではない原告が、信義則の適用を受ける謂れはないはずである。

けだし、通達のように納税者一般に対して課税庁の見解が表示されたのなら格別、単に個別的に教示がなされた場合には、信頼関係が生ずるのは、直接当該教示を受けた納税者と課税庁との間であつて、当該教示を受けない者との間には何ら保護に値するような信頼関係は生じる余地はないからである有力な学説も、租税法律関係においては課税の公平が租税法律主義と並ぶ大原則であることから、このような場合に平等原則を適用することを否定している。

このようにみてくるならば、原告の主張はそれ自体失当であることは明らかである。

もつとも、北九州の海運業者の間においては、従来台船の法定耐用年数について、これを法定耐用年数表別表一の種類・船舶、構造又は用途・その他のもの鋼船の中の細目しゆんせつ船及び砂利採取船(耐用年数七年)、あるいは構造又は用途・その他のもの中のその他のもの、細目その他のもの(耐用年数五年)、として申告するものがあつたことは事実である。

しかしながら、法人税の申告書には、各個別の船舶の償却額を記入する必要はなく、船舶の総償却額だけを記入すればよいため(法人税法施行令六三条二項)、課税庁の側としては、これらの申告の誤りに気がついていない模様であつたが、昭和四九年二月被告がY海運株式会社を実地調査したところ、同社の台船について耐用年数の適用の誤りを発見した。

そこで、同業種法人についても調査したところ、類似の誤りがあることが判明したため、同年三月二日、被告税務署会議室において、関係業者(当時、九州海運局若松支局の台船保有者名簿に登載されていたもの)に出席をもとめたうえ、台船の減価償却に関しては耐用年数は一二年である旨の集合指導を行なつた。但し、被告に対しては、当時右台船保有者名簿に登載されていなかつたため、指導は行なつていない。なお、その後、関係業者は、右指導を受け入れ、修正申告等の是正措置をとつている。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。

理由

一  請求原因1、2項の事実は当事者間に争いがない。

二  先ず、本件台船の決定耐用年数について案ずるに、いずれも成立に争いのない甲第一号証、同第二号証の一ないし一四、同第三号証(ただし、図面の部分のみ)、原告代表者清水剛本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、本件台船は船舶法四条から一九条までの適用を受けない鋼製の船舶で、鉄柱の枠に鋼板を張つたマッチ箱様の形状をなし、甲板上は平らで構造物を有さず、動力機関の備え付けもなく(したがつて、通常乗員を必要としない。)、その用途は、一般の船舶に搭載しにくい積荷を乗せて曳航し、あるいは、しゆんせつ船等に繋留して甲板上を作業用資材置場に利用するものであることが認められるところ、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年大蔵省令一五号)別表第一によれば、船舶法四条から一九条までの適用を受けない鋼船の耐用年数は、「しゆんせつ船及び砂利採取船」が七年、「発電船及びとう載漁船」が八年、「ひき船」が一〇年、「その他のもの」が一二年と定められており、右の分類からするならば、本件台船は「その他のもの」に該当することが明らかというべきである。

右のとおり、本件台船の法定耐用年数は一二年であつて、これを七年であるとする原告の主張は理由がない。

三  次に、原告は、被告は従前原告ら海運業者に対し台船の耐用年数は七年である旨の行政指導をして来たから、これを信じて本件台船を建造した原告に対しその耐用年数を一二年として課税することは信義則に反し違法である旨主張するので案ずるに、証人赤星渡、同谷静雄、同竹内治美の各証言、原告代表者本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、本件台船と同様の構造、用途を有する台船(デッキバージとも呼ばれる。)は、若松地方においては昭和四〇年頃から造られ始め、昭和四七、八年頃急に増えたものであるが、これを所有する海運業者が法人税を申告するに当たり台船の減価償却費を損金に計上するに際しては、その耐用年数を七年として計算することが多く、昭和四三年頃一部の業者が若松税務署の職員から右の取扱いでよい旨の誤つた示唆を受けたこともあつて、台船の耐用年数は七年である旨の認識が若松地方の海運業者間に一般化していたこと、被告は昭和四九年始め頃このことに気付いたので、主だつた海運業者に対し今後は右耐用年数を一二年として税務申告するよう指導につとめたが、容易に納得が得られず、不信、不満を強く表明する業者もあつたこと、本件台船は昭和四八年五月頃発注され、昭和四九年一月頃完成したものであるが、原告も他の海運業者と同様に、同年五月頃被告所部職員から指導を受けるまでは台船の耐用年数は七年であると考えていたことが認められ(ただし、原告代表者本人尋問の結果中、原告代表者自身が本件台船の建造に先だち若松税務署に赴き台船の耐用年数を訊ねたのに対し七年であるとの回答を得たとの趣旨の部分は、その供述自体具体性に乏しく、成立に争いのない乙第一号証をも斟酌すると、右供述部分はたやすく措信できない。)、右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の各事実によれば、本件台船の耐用年数を一二年としてその減価償却費を計算することは、原告が当初予想していたところに比して課税上不利益となることは確かであり、かつ、かような結果となつたのについては、行政指導によろしきを得なかつた被告課税庁の側にも責められるべき点があつたことを否定できないと考えられる。

しかしながら、およそ租税の負担は法律の定めるところに従つて課されるべきであり、課税の公平を確保するために法適合性が強く要請されるところであつて、原告主張のように、信義則に照らして、右の適法性の要請に優先してまで納税者の利益保護を図るのが相当とされるのは、正義、衡平の見地から真にやむをえないと認むべき事由がある場合に限られると解すべきである。

右の観点から本件をみるに、前認定の各事実からすれば、原告が本件台船の耐用年数を七年と考えたことをもつて軽々に法の不知とのみなしえない事情があつたことは否めないものの、これを法規の定めるとおり一二年として課税することが信義誠実の原則に反し違法であるといえるほどの事由があつたとは到底考えられない。

よつて、前記原告の主張は採用できない。

四  以上によれば、原告が本件台船の耐用年数を七年として算出した減価償却費のうち、これを一二年とした場合の償却限度額を超える額の損金計上を否認してなされた本件更正処分及びこれに伴う過少申告加算税賦課処分には原告主張のような違法はなく、かつ、被告主張にかかる右償却限度額及び税額の算定については、原告はこれを争わないのであるから、本件更正処分及び賦課処分はいずれも適法と認むべきである。

よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用は原告の負担として、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 南新吾 裁判官 小川良昭 裁判官 河村吉晃)

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